Ema.の撮影は、カメラを構える前に、じっくりとお話を聞く「深傾聴」からスタートします。
以前、ある表現者の方と何時間も語り合ったことがありました。
ただカメラの前に立ってもらって「はい、笑って」とポーズをお願いするだけでは、
きれいに整えられた「見せたい自分」という名の、少し硬いお面しか写らないことに気づいたんです。
でも、その人がこれまでどんな道を歩んできて、今なににワクワクしているのかをゆっくり聞いていくうちに、
ふっと肩の力が抜けて、これまで誰も見たことがないような、その人本来のとても素敵な表情がにじみ出てきました。
個人的すぎるくらい踏み込んだ揺らぎほど、
不思議と、見ず知らずの誰かの記憶に残る。
ご依頼頂いた方の深傾聴に立ち会ってきて、そう確信するようになりました。
「その人にしか語れない」ものは、きれいに整えられた正解よりもずっと遠くまで届きます。
だからEma.は、誰にでも当てはまる型よりも、まだ言葉になっていない、その人だけの手触りを撮り続けています。
Ema.は、誰にでも当てはまる万能のサービスではありません。こんな感覚に心当たりがある方に、深傾聴はいちばん力を発揮します。
自分の活動に深い情熱を持っているのに、その熱量がまだ言語化や写真として、十分に伝わっていない気がしている方。
AIやテンプレートを使いこなしているはずなのに、発信するほど言葉が浅くなっていく。核となる自分の軸が、まだ見つかっていない方。
最短最速や世の中の「正解」に合わせようとするうちに、自分らしさが少しずつ削ぎ落とされている感覚がある方。
何かに迷ったとき、いつでも立ち返れる「ブレない軸」を、まだ言葉にもかたちにもできていない方。
深傾聴と撮影を経て、あなたの手元に残っていくもの。
深傾聴を通じて言語化された「自分の在り方」が、これから何度でも立ち返れる指針になります。
型通りの「正解」ではなく、その人にしか語れない揺らぎが、そのまま写真と言葉に残ります。
一度きりの「映え」ではなく、これから発信を重ねていくための、本質的な土台が整います。
写真家である前に、目に見えないものを検証する仕事——科学の研究開発に携わってきました。
神社や山を訪れる習慣があり、
そこは昔から、目に見えないものと向き合うためにつくられた場所なのだと、いつも感じています。
カメラを持つようになってからも、その感覚は変わりません。
被写体の「まだ言葉になっていない揺らぎ」に、じっくり耳を傾けることから撮影を始める——
Ema.の深傾聴は、そんな自分自身の原体験から生まれました。
Ema.の撮影は、被写体の状態を一点で切り取るものではありません。深傾聴によって内側の熱量や原風景が立ち上がるように、撮影もまた「間」を経て変化していく時間そのものを設計しています。以下の4つの局面は、その時間軸を可視化するための共通言語です。
日常のモードがまだ体に残っている状態。緊張、警戒、あるいは解放感の予兆。まだ「間」を経ていないこの瞬間が、後に訪れる変化を映す基準点になります。
観察する、耳を澄ます、手を動かす。所作の説明ではなく、その人固有の「間」の使い方そのものを撮る局面。深傾聴が言葉で原風景を引き出すように、ここでは身体を通じてそれが滲み出てきます。
一泊を挟むなら夜〜翌朝。日帰りなら活動の合間や帰り支度の前後。区切りを経たからこそ出てくる言葉がある局面。撮るというより、聴きながら撮る時間です。
体験が言葉より先に、体に入っている状態。出会いの瞬間の表情と並べたとき、初めて変化そのものが可視化されます。記録ではなく、光の軌跡としての結晶化です。
すべてのプランに、
事前の深傾聴セッションが含まれます。
現在は2つのプランを展開中です。
同行型ポートレート
ブレない軸となる旗
口座振込または当日現金でのお支払いにてご対応しております。
恐れ入りますが、口座振込は原則、撮影前日までのお支払いをお願いしております。
ここまで見に来ていただいて
ありがとうございます
撮影のご連絡お待ちしてます。